しばしば、ウイスキーやワインなどは地域によってカテゴリーを区分する事があります。
これを知っておくと、銘柄を選ぶ上で非常に役立ちます。
というのも、この産地によってある程度テイストに傾向が出るので、ウイスキーを選ぶ際にとても参考になるのです。
本稿では、スペイ川の恩恵をふんだんに受けた「スペイサイドモルト」について解説します。
スペイサイドモルトは、華やかで美しいウイスキーです。
クセもないので、誰にでも愛されるウイスキーだと思います。
しかし、ブレンデッドウイスキーの中に入っているだけで、メジャーになっていない銘柄もたくさんあります。
是非本稿を読み、新しい銘柄と出会うきっかけにしてみて下さい。
「スペイサイドモルト」ウイスキーの特徴
「スペイサイドモルト」とは、ハイランド地方東北部、スペイ川流域の蒸留所で製造されるウイスキーの事です。
地理的には決して大きな地域ではありませんが、スッコッチのメッカとも言える産地です。
現在、スコッチウイスキーの半数に近い50以上の蒸溜所がひしめきあっています。
スペイ川とは
スペイ川は延長約150Km、スコットランド第二の大川です。
グランピオン山地に源を発し、そこからほぼ東北に向って流れてモレー湾に注いでいます。
川の大半は山中を流れているため、ヨーロッパ第1の急流となっています。
そのため、木材を流す事以外には産業や交通手段としては使用されていません。
おかげで自然がそのまま保たれています。
現在もスペイ川がウイスキー産業や景観を求める人々の観光産業を支えています。
他、釣り人にとってスペイ川といえば別格の存在だそうです。
2月の解禁とともに世界中から多くの釣り客が訪れます。
「釣り」といっても、スペイ川のサーモン・フィッシングは非常に贅沢な趣味だとか。
料金は季節と場所で変動しますが、3日間ロッジに泊まり、決められたスポットで釣りをして22万円くらいだそうです。
それで釣れる保証は一切ありません。
しかしながら、大自然の中で魚と駆け引きをする事が主な楽しみなので、釣れない事をくよくよする人はいないそうです。
釣りの一日の後、ロッジでウイスキーを飲りながら釣り談義するのも醍醐味なのかも知れません。
密造酒造りから一大生産地へ
古くより、スコットランドは大麦が豊富に採れる事、清涼な水がふんだんにある事、熟成に適した冷涼な気候などからウイスキーが造られていました。
しかしながら、1707年イングランドとスコットランドが合併すると、ウイスキーに高額な酒税をかけられてしまいます。
困ったモルト業者は、やむなく密造をし始めます。
その際、谷が多く緑の溢れ地形的に隠れやすかったスペイサイドが密造の場所として選ばれました。
加えて、エジンバラやグラスゴーといった大都市から遠く、酒税関から逃れやすかったというのもあるでしょう。
以上の事から、スペイサイドには200もの密造蒸留所が出来ました。
密造酒造りをきっかけとして、ウイスキーの貯蔵に樽を用いることや、大麦麦芽の乾燥にピートを使用することが始まったとされています。
なんと政府から逃れるためにとった行動が、現行ウイスキーの礎になっているのです。
やがて1823年の酒税法改正により「密造時代」は終了。
そして1824年、スペイサイドのグレンリベット蒸留所が政府公認蒸留所第一号に。
これを皮切りに、スペイサイドの蒸留所がどんどん政府公認となっていきました。
スペイサイドモルトの酒質
スペイサイドモルトのテイストは、概ね軽くて華やか。
これは、長時間発酵を採用している蒸留所が多いためだそうです。
長時間発酵すると、その分乳酸菌の活動時間が長くなります。
乳酸菌は乳酸と酢酸を作り出します。
よって、麦汁にどのくらい乳酸と酢酸が含有されるかは発酵時間によります。
酢酸はカルボン酸の一種。
カルボン酸はアルコールと化学反応し、水とエステルが生まれます。
この「エステル」が多ければ多い程、華やかなウイスキーになるそうです。
エステル香はとても複雑な香りです。
リンゴや洋梨のようなフルーティーな香りや、時にはセメダインにも例えられます。
つまり、発酵時間の長さがスペイサイド産ウイスキーを軽く華やかにしていると言えるでしょう。
なぜスペイサイドの蒸留所は発酵時間が長いのか?
それを説明するには先ほどの密造時代まで遡らなければなりません。
前項の通り19世紀半ばまで密造の中心地でした。
密造時代、税務官がくると前工程である発酵工程をみせごまかしていたそうです。
発酵工程しか見せなければ、酒を造っているかどうかもわかりません。
また発酵酒と蒸留酒ではかけられた税率も違ったそうです。
なかなか税務官が立ち去らないので、発酵させながら「早く立ち去れ!」と祈ったとか。
未だにスペイサイドモルトの発酵工程が長いのは、密造時代の伝統を受け継いできているのです。
スペイサイドの蒸留所は8つの地区に分類される
一般的に、スペイサイドは「フォレス」「エルギン」「キース」「バッキー」「ローゼス」「リベット」「ダフタウン」「スペイ川流域」に分類されます。
特に「ダフタウン」は有名で人口1,500人程の小さな村に蒸留所が7つも密集しています。
大規模な蒸留所があるため総生産量も多く、実質スペイサイドでも最も有名な地区となっています。
スペイサイドで生産されているウイスキーは98%がブレンデッド用にまわされています。
シングルモルトとして販売されているのはわずか2%。
かなりレアです。
しかし、ボトラーズでしたら、お召し上がり頂ける物もありますので、是非お試し下さい。
ボトラーズとは「独立瓶詰め業者」のこと。
樽原酒を買い付け、独自の方法で熟成・ボトリングを行なっています。
レアな原酒も取り扱っています!
スペイサイドのおすすめ銘柄5選
ザ・グレンリベット
政府公認第一号の蒸留所となった事から「シングルモルトの原点」と言われているウイスキー。
グレンリベットはゲール語で「静かな渓谷」という意味です。
スペイサイドの中でもリベット地区にある蒸留所です。
グレンリベットは当時のイングランド国王ジョージ4世をも魅了させた程のウイスキー。
密造時代にも関わらずグレンリベットを愛しすぎてしまったジョージ4世はグレンリベット蒸留所にこっそり訪問していたそうです。
この時ジョージ4世はスコットランドの民族衣装キルトをまとい地元民に身をやつし、片手にウイスキー持っていたそう。
国王のこの姿に頭を悩ませた英国政府は、1823年に酒税法改正。
グレンリベットの魅力がイングランド政府に勝ったのです。
味わいは瑞々しく華やかで繊細。
バニラやはちみつの心地よいフレーバーをお楽しみ下さい。
グレンファークラス
スペイ川中・下流地域にあるスコットランド最高峰のベンリネス山ふもとにある蒸留所です。
シェリーカスクで熟成されたウイスキーが好きな方におすすめしたい銘柄。
ラムレーズンのような甘い余韻が、何とも幸せな気分にさせてくれるでしょう。
この甘みは追熟だけではなく、100%シェリー樽熟成を行っている事によると言われます。
使用するシェリー樽はオロロソという種類。
香り高く、琥珀色から濃いマホガニー色をしています。
そのオロロソの空樽をスペインの生産者から購入。
初めてウイスキーを熟成する1stフィルから4stフィルまでの樽を使い分けて、さまざまな味わいを生み出しています。
グレンファークラス蒸留所の仕込み水はベンリネス山の雪解け水を使用しています。
清涼な軟水でこれがグレンファークラスを甘く仕上げる鍵となっています。
また、伝統的な製法を守り続けている蒸留所でもあります。
現在一般的に、蒸留する際「間接加熱式」が採用されています。
しかしながら、グレンファークラスではガスバーナーによる直火炊き蒸留を行なっています。
直火炊きは熟練の技術が必要なため、間接加熱のほうが効率的ではあります。
しかしながら「グレンファークラス」では、テイストを守るため、直火炊きによる蒸留を続けているのです。
是非、1日の疲れを甘いウイスキーでゆっくり癒したい時に召し上がってみて下さい。
イギリスのサッチャー首相のように、力強い日々を過ごせるかも知れません。
オルトモア
スペイサイドのキース地区に創業された蒸留所でつくられるシングルモルトウイスキーです。
「オルトモア」とは、ゲール語で大きな小川という意味。
主に「デュワーズ」「ジョニーウォーカー黒ラベル」といったブレンデッドウイスキーの原酒として使用されています。
そのためシングルモルトとしての知名度は、あまり高くありません。
オルトモア蒸留所の設立された場所はスペイサイドの中でも霧の深い湿地帯。
野生の植物が自生する豊かな土壌にあります。
その土壌で濾過された水と、ピートを使用しないモルトによってつくりだされるフレッシュな味わいが特徴です。
その中に若干、オレンジやべっこう飴のような甘みも感じられます。
喉越しもべたつかず、綺麗に消えていくので飲み飽きる事もないでしょう。
特筆すべきは、スペイサイドでは珍しくうっすらとピートを感じる事です。
微細なので、人によって気づくかどうかのレベルでしょう。
これは仕込み水にフォギー・モスの泉を採用している事によります。
フォギー・モスは泥炭地にあり、仕込み水にもピートな香りがうつっているそうです。
ピートを感じるのはこの仕込み水が影響しているといわれています。
感じるかどうかは、あなた次第。
ゆっくり味わってみて下さい。
インチガワー
本稿で初めて「インチガワー」という名を知った方も多いかも知れません。
それもそのはず。
インチガワーはブレンデッドウイスキーの原酒として扱われる事がほとんど。
シングルモルトとして出荷しているのは、生産量300万リットルのうちたった1%です。
非常にレアであるけれど華やかでバランスのとれた逸品です。
インチガワー蒸留所があるのはスペイサイドと東ハイランドの境界線のスペイ川の河口から東に8キロほど行ったバッキーという港町。
一時期はこのバッキーの町議会がインチガワー蒸留所を所有していました。
これは、スコットランドで初のことでした。
その後現ディアジオに買われ、ますますブレンデッド原酒として重要なポジションに。
シングルモルトとしては、一部ディアジオ社から「花と動物」シリーズとして販売されています。
口に含むと、熟したリンゴの甘酸っぱさが口いっぱいに広がります。
その後甘みの上に、若干潮っぽさも感じられるでしょう。
奥深く、複雑なテイスト。
飲めば飲むほど色々な顔を見せてくれる、ウイスキーです。
「ウイスキーと会話する」とはこういう事かと教えてくれるかも知れません。
ベンロマック
1898年ベンロマック蒸溜所はフォレス地区の北部に設立されました。
フォレスは歴史ある町で、古代ローマ人が2000年以上も前に作ったブリテン島の地図にも、「Varris」という地名で記されています。
これはゲール語で「灌木(かんぼく)の茂み」を意味します。
現在蒸留所を所有しているのはボトラーズの雄、「ゴードン&マクファイル社」(通称GM)。
さすがGM社がオーナーだけあって、初心者だけでなく愛好家をも唸らせる見事なウイスキーです。
しかしながら、小さな蒸留所だからかGM社が買い取るまで経営は波乱万丈でした。
まず設立した1898年の10月、大手ブレンダーのパティソンズ社が倒産。
その余波をうけて設立してすぐに閉鎖します。
その後何度かオーナーが変わり稼働と閉鎖を繰り返しました。
当時小さな蒸留所は、大規模な需要がないと安定稼働出来ませんでした。
1992年、現オーナーであるゴードン&マクファイル社に買収されようやく経営が安定。
世界的なシングルモルトブームのおかげで、小規模蒸溜所でも高単価なプレミアムウイスキーを少量生産する事で十分生きながらえる時代になりました。
テイストは豊かなシェリーの香りと心地よいスイートさと、上品なスモーキーさが絶妙にマッチ。
スタンダードラインの10年、15年ともにその年数と思えない熟成感。
コスパも抜群。
しかしながら一般層にはまだまだ浸透しておらず、味わいと知名度は比例していません。
稼働と閉鎖を繰り返してばかりいたせいかも知れません。
是非不死鳥のように蘇り続けた、ベンロマックをご堪能下さい。
まとめ
ライトで香りが華やかで、上品なスペイサイドモルト。
密造時代からの伝統で発酵時間を長くした事によりそのような酒質が完成されました。
他にもスペイサイドモルトには、花や蜂蜜のような甘い香りを伴うものなどがあります。
テイストも甘くなめらかで濃厚な銘柄がたくさんあります。
スペイサイドモルトは、普段ブレンデッド原酒として脇役を演じがちです。
今回は「シングルモルト」として販売されている銘柄もご紹介しましたので、ぜひご堪能下さい。
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