ウイスキーがウイスキーたる由縁は蒸留にあると言っても過言はありません。
その鍵を握るのがポットスチル。
これを用いて発酵モロミを蒸留し、”生命の水=アクアヴィテ”に変身させるのです。
ポットスチルの形状は蒸留所によって違います。
そしてどの蒸留所の物も美しい!!
ひと目みようと、今や蒸留所見学の目玉になっています。
今回は蒸留所の象徴であるポットスチルの形状とウイスキーとの関係について、ご紹介します!
ポットスチルが”生命の水”を生む蒸留工程
酵母と乳酸菌によって製造された発酵モロミは、ポットスチルに移され、蒸留液そのエキスが取り出されます。
このエキスこそが”生命の水”として多くの人の心を掴んだ透明の液体。
この項では、発酵モロミが”生命の水”に変わる様を見ていきましょう!
「ポットスチル」とは蒸留釜の事
ポットスチルとは、もろみを蒸溜するための銅製の釜の事です。
これを用いてアルコール分の濃縮・香味成分の濃縮・※オフフレーバーの分離や原因物質の除去などを行います。
ポットスチルは、液体を入れて加熱が行える容器、いわゆる「ポット」
そして、ポットスチルを使用した場合、一回の蒸留作業を終える事に原料を入れ替えなければなりません。
そのため、「単式蒸留器」とも呼ばれます。
本来その食品が持つ匂いから逸脱した異臭の事。
簡単に言うとウイスキーを飲んだ時、不快に感じる臭い。
「蒸溜」とは分解する方法の一つ
沸点の低い成分を蒸発させて、優先的に取り出すのが「蒸留」です。
今回の場合、主成分は水とエタノール。
エタノールの沸点は78℃で水より(沸点100℃)低温です。
そのため加熱すると、エタノールが先に気化します。
そして、その蒸気を集めて冷やし液体に戻してエタノールを取り出します。
化学の実験を思い出しますね。
蒸留は2度行う
モルトウイスキーは通常、蒸留を2度行います。
(※一部のスコッチやアイリッシュウイスキー等々3度蒸留する所も)
いずれも、ポットスチルを用い、最初の蒸留を「初留」「再留」と呼びます。
初留
ポットスチルの形状にもよりますが、初留は、大体5〜8時間かけて行います。
最初に、熱を与える事により気化され発酵モロミ中の低沸点成分が移行します。その後それらを冷やして液体に戻しエタノール成分を取り出します。
初留の役割はなんと言っても発酵モロミをエタノール濃度22〜25%程度に濃縮し、ほぼ全量回収する事です。またモロミに含まれる香味成分などもできるだけ多く回収します。他、銅との化学反応で分離されるオフフレーバーの除去も重要な役割です。
酵母が糖をアルコールをに変える際、硫黄化合物などの不快な香気成分も生成してしまいます。
これが残っていると、とんでもないウイスキーになってしまうでしょう。
だからこそ、化学反応ので除去するため、ポットスチルは銅で出来ています。
あの形状は美しいだけでなく、理にもかなっているわけです。
・オフフレーバーの例としてはDMS(硫化メチル)、DMDS(ニ硫化メチル)などがある
・オフフレーバー除去の化学反応例
H2S(硫化水素)+CuO(酸化銅)→CuS(硫化銅:黒い固形物)+H2O(水)
再留
再留の大きな役目は、アルコールと香味成分の濃縮と、いい所だけを選んで抽出する事です。
それを行う事により、フレーバーのバランスを向上させる事が出来ます。
具体的には、再留液(ニューポット)を前留(フォアショッツ)・本留(ミドル)・後留(フェインツ)の3つに分離し、ミドルのみ樽詰工程へと回します。
これにより、製造者の意図する香味成分を確保する事が出来ます。
蒸留液の最もよい所だけを、きれいに取り出す事が目的なので、どの程度前留・後留を除くかがカギとなります。
前留終了点は※デミスティングテストも実施しますが、最終的には職人の方々の経験などで判断されます。
また銅を介したオフフレーバーの除去は初留に引き続き、再留でも行われます。
開始時でのアルコール度数は70数%程度で、70~60%程度の範囲を本留分として確保する蒸留所も多々あります。
これには、どの成分を重点的に得るか、タイミングを見計らうため厳しい管理とテクニックが必要です。
例えば、前留カットが早すぎると揮発しやすい成分が多くなって刺激が強くなりすぎるし、遅すぎれば大切な部分まで逃してしまいます。
他、後留はウイスキーに必要な成分や香りを含んでいますが、穀皮臭・モロミ加熱臭・石鹼臭のようなオフフレーバーも含んでいます。
そのため、後留において、カットが早すぎれば、香りはいいが複雑な魅力に欠け、遅すぎればしつこさがつきまとうような酒質に。
その判断には、長年にわたり蓄積された知識と経験がものを言うのです。
アルコール度数を45.7%にして液体の混濁有無を判断する試験。
蒸留液に含まれるフーゼル油などの量を測定出来る。
美味しいウイスキーが飲めるのは職人さんの努力のおかげ!感謝です!
ポットスチル以外の蒸溜器
ポットスチル以外にも蒸留器はあります。それらとポットスチルを比較してみましょう!
ポットスチル以外の蒸溜器
単式蒸留で使用するのがポットスチルですが、他にも蒸留器は存在します。その代表格が「連続式蒸留器」です。
これは高アルコール度の蒸留液を大量に処理できるのが特徴です。
言うまでもなく、蒸留は1回より2回した方がエタノール濃度が高くなります。この過程を繰り返していけば、効果的にエタノール濃縮が増加します。
簡単にご説明すると、連続的に蒸留を繰り返し、ポットスチルよりも高濃度のエタノール得られるのが連続式蒸留器です。
このように連続式蒸留器では、最終的には90%と高濃度で混じり気のないエタノールを得られるのです。したがって、原料や発酵過程の違いなどはあまり反映されません。
さらに付け加えると、一回一回原料を入れ替える手間もないので、大量生産にも向いています。
主に現在、この装置はグレーンウイスキーの製造に用いています。
ポットスチルの美しい形状
ポットスチルの形状は独特です。これはアラビア人を中心とした錬金術師が用いていた「アランビック」の流れを組むものだそうです。
ウイスキー蒸留所の象徴とも言えるポットスチル。
もし、蒸留所に見学に行かれる事があれば、是非ご覧下さい!その美しい姿に見惚れてしまう事、間違いありません。
現在の蒸留技術は中世アラブ・ヨーロッパの錬金術師の研究が元になっています!
ポットスチルの各部の名称
①ポット(釜部)
②ヘッド(ネック)
③スワンネック
④ラインアームまたはライパイプ
⑤コンデンサー(シェル&チューブ式)
⑥ベイパー・チャンバー
⑦ウォーター・ジャケット
⑧クリーング・チューブまたはチューブ・バンドル
⑨クラウン(底部、加熱部)
⑩フルー・プレート
⑪ショルダー
⑫オージー
⑬マンホール
⑭サイトグラス
⑮セーフティ・リリーフバルブまたはエアーバルブ
⑯アンチ・コラプス・バルブまたはシールポット
サイトグラス
初留工程ではモロミをそのまま釜に投入するため、酵母など様々なものを含んでいます。
これらを加熱すると、酵母から脂肪酸エステルやアミノ酸などが溶け出し、釜内部で泡沫相が見られます。
そして、泡が破裂することによって生じるミストが気流にのって留液へと運ばれる事があります。
このミストには本来蒸留されない成分も含まれるため、発生量をコントロールしなければなりません。
この泡立ち具合を目視するためにサイトグラスが取り付けられているのです。
スワンネック
スワンネックはラインアームとヘッドをつなぐ部分。くの字型に曲がっており、その優美な形状より「スワンネック=白鳥の首」と呼ばれています。
ここに蒸気が登っていき※還流が行われます。
蒸気となったものを冷却し、再び液体にして元の場所(今回の場合、釜)に戻すこと
コンデンサー
これはラインアームを伝わってきた蒸気を冷やし、液化するための冷却装置です。
昔は、パイプが渦巻き状になっている蛇管式(ワーム式)が使われてきました。この渦巻き状になっている姿から”蛇管(ワーム)”と呼ばれています。冷水を満たした桶の中をこの蛇管(ワーム)が通っています。
その管の中に蒸気を通し、液化させエタノールを取り出します。
しかし最近は、多管式(シェル&チューブ式)を採用する蒸留所がほとんどです。そちらの方が場所を取らず、遥かに効率的だからです。
けれどもワーム式の方が、冷却速度がゆるやかなため香り豊かな酒質になると言われています。そのため、タリスカー蒸留所やダウウィニー蒸留所など一部の蒸留所で今尚利用されています。
ポットスチルの形状で変わるウイスキーの味わい
ポットスチルは蒸留所によってどれも少しずつ形状が違っています。これは決して奇をてらっいるのではありません。ポットスチルの形状が違うと、出来上がる酒質も異なってくるのです。
残念ながら、ポットスチルのフレーバーへの影響はまだ科学的に解明されていない点が多々あります。
けれども一般的に、ストレート型やオニオン型は力強く濃厚な味わいに。バルジ型やランタン型は軽くすっきりした味わいになると言われています。
なぜこのように変わるのでしょう?
気化したアルコールは上に登ろうとします。ところがその際、雑味成分が器壁に触れ冷やされて液体になり釜に戻ってしまいます。その後また蒸留されます。
これが繰り返され、ポットスチルの材料である銅が雑味成分を吸収し、含有レベルを下げる事が出来るのです。
例えばバルジ型の場合、その現象が二箇所で起きます。一方ストレート型の場合、ぶつからずそのまま上がり次工程に向かいます。
雑味成分には酒質を重くする要素があります。つまり、この雑味成分を取り除ぞきにくいポットスチル程、酒質は重たくなるのです。
ポットスチル 形状 | 特徴 | 蒸留所例 |
ストレート | ボディとネックが直線 | スプリングバンク・ボウモアなど |
ランタン | ランプ(ランタン)のような形状 | オーバン・グレンキンチーなど |
バルジ(ボール) | ボディとネックの間に風船のような膨らみ | グレンファークラス・プルトニーなど |
オニオン | ボディ全体が玉ねぎのように 丸みを帯びている | ラガヴーリン・ブナハーブンなど |
ローモンド | ネックが円筒状で、精留のための 棚板を設ける事が意図されている | ロッホローモンド スキャパ(初留)など |
ポットスチルの加熱方法
ポットスチルの加熱方法には間接加熱と直火焚きがあります。現在主流なのは間接加熱。
昔は石炭による直火焚きでしたが、今はほとんどの蒸留所が蒸気による間接加熱に切り替えています。加熱の仕方でも、ウイスキーの味わいは変わってきます。
それぞれご紹介致します!
直火焚き
直火焚きは、ガスや石炭などを熱源として、釜の下から直接加熱します。
デメリットは釜の底に菌体や固形分が沈み焦げてしまう事です。よって、それを防ぐために、釜内部に攪拌機を設けて、攪拌しながら蒸留しなくてはなりません。
とても、非効率的ですね。それでも尚、その伝統的な製法に拘っている蒸留所もあります。
例えば、グレンフィディックやグレンファークラスなどいくつかのスペイサイドの蒸留所がこの方法を採用しています。
それらの蒸留所は、効率性よりも、直火焚きの生み出す味を大切にしているのです。
その味わいはキャラメルに似た甘い香ばしさを伴って、飲めばとても幸せな気分に。
加えて、スペイサイドは北海油田に近く、天然ガスが安くて供給されるのも一因でしょう。
間接加熱
間接加熱とは、パイプなどを釜内に設置し、130℃前後の蒸気を中に通して加熱する製法です。
これには、スチーム・コイル、スチールケトル、コイル&パンなどいくつかの形状があります。
メリットは温度コントロールがしやすく自動化が可能な事と内部が焦げつかない事。
それにより、エレルギー効率がよく、蒸留後の掃除もしやすい物になっています。
さらに、釜の銅の厚さも薄くて良いので、製作コストも抑えられます。
したがって、近年では品質に大きな差がなければ間接加熱方式が選ばれています。
またさらに最近進化し、「エクスターナル・ヒーティング」という仕組みが登場しました。
これは内部にパイプを設置せず、外側で加熱した後で中へ戻す特殊な仕組みです。
この方式をグレンバーギーやミルトンダフなどが採用しています。
「エクスターナル・ヒーティング」は加熱に使われる熱交換の一種ですが、エネルギーの無駄がない”エコなシステム”として、他業種でも最近注目され始めました。
古い方式の良い所も取り入れつつ、日進月歩していくのがウイスキー の世界なのです。
関連するウイスキーコニサー資格認定試験問題をご紹介
ここまでいかがでしたか?ポットスチルについてご理解頂けたでしょうか?
知識をしっかり定着させるために、腕試しに、ウイスキーコニサー資格認定試験プロフェッショナルの問題を解いてみましょう!
ウイスキーコニサーとは
コニサーとは「鑑定家」の意味で、ウイスキー文化研究所が主宰する、ウイスキーに関するあらゆる知識、鑑定能力を問う資格認定制度です。
資格には3段階あり、第一段階の「ウイスキーエキスパート」に始まり、「ウイスキープロフェッショナル」、そして最終段階の「マスター・オブ・ウイスキー」と段階を踏んで取得していきます。
ウイスキーコニサーとは
ウイスキーコニサー プロフェッショナル過去問題
【問】初留の役割について次の問いに答えなさい
A.再留釜には生じず、初留釜にだけ生じる反応は何か?その名称を答えなさい
B.Aより生じるミストの量をコントロールする事が重要であるが、その主たる理由は何か?
解答
A.泡沫相
B.ミストは、酵母から脂肪酸エステルやアミノ酸などが溶け出した泡が破裂する事によって生じます。これらには、本来蒸留されない高沸点成分や固形物も含まれています。
そのため、ミストの量をコントロールしないとこれらの成分まで留液に運ばれます。
よってこれらの成分の挙動に注意を払う必要があるのです。
詳しくは、「サイトグラス」の項をご覧ください!
まとめ
いかがでしたか?
ポットスチルには多くの工夫が施されている事がお分かり頂けたと思います。
その形状は、美しさは勿論、どんなタイプのウイスキーを造ろうとしているかという、造り手のメッセージが込められています。
是非、蒸留所へ見学に行かれる際やウイスキーを購入される際に参考にしてみて下さい!
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